吃音の「自己受容」とは何か——研究からわかったこと
「吃音があっても、自分を好きになれますか」。この問いに、すぐに「はい」と答えられる当事者は、実はそれほど多くありません。吃音のある人にとって、症状そのものよりも、症状とどう付き合っていくかという心理的な側面が、生活の質を大きく左右することが研究からわかってきています。
私はこれまで、吃音者の自己受容を測定する尺度(CSASS)の開発や、自己受容とセルフスティグマ、QOL(生活の質)の関係についての研究に取り組んできました。この記事では、それらの研究から見えてきたことを、専門知識がない方にもわかりやすくお伝えします。
「症状」と「困難」は別のものという整理
吃音は、幼児期に発症し、多くは自然に軽快しますが、成人になっても症状が続く人が、人種や文化に関係なく人口の約1%存在するとされています。吃音の困難は、話し方そのものだけにとどまりません。人前で吃音が出た経験を重ねることで、話すこと自体への不安や恐怖が生まれ、特定の場面を避けるようになり、次第に困難は心理的・社会的な領域にも広がっていきます。
ここで重要になるのが「セルフスティグマ」という考え方です。セルフスティグマとは、社会からの否定的なまなざしを、当事者自身が内面化してしまうことを指します。吃音のある人は、差別や偏見を受けた経験や、社会の否定的な見方を意識しやすく、それが不安や抑うつと関連することが報告されています。つまり、吃音の困難の多くは、症状そのものより「症状にどう向き合うか」「周囲からどう見られているかをどう受け止めるか」という部分に由来しているのです。
自己受容を測る:CSASSという尺度
自己受容とは、一般に「ありのままの自己を受け入れること」と定義されます。吃音のある人にとっては、「吃音という特徴のある自分自身を、ありのままに受け入れること」と言い換えられます。
これまで、吃音者の自己受容を単独の概念として測定できる尺度は存在せず、既存の自尊感情尺度などを流用する形で研究が行われてきました。そこで、吃音当事者へのインタビューと専門家による検討を重ね、吃音者の自己受容を包括的に測定する尺度「CSASS(Comprehensive Self-Acceptance Scale for Stuttering)」を開発しました。
100名の吃音当事者を対象とした分析の結果、CSASSは次の3つの要素(因子)で構成されることが確認されました。
- ① 吃音のある自己の評価因子 「吃音がある自分が好きだ」「吃音は自分の個性だと思う」など、吃音のある自分自身をどう評価しているかを表す要素です。
- ② 吃音に対する原因帰属因子 「吃音のせいで話すことに自信がない」「吃音が原因でできないことがある」など、うまくいかない出来事の原因を吃音に求めてしまう度合いを表す要素です。この因子は①の「自己の評価因子」と負の相関を示しました。原因帰属が強い人ほど、吃音のある自分を肯定的に評価しにくいということです。
- ③ 前向きな社会生活因子 「吃音があっても社交的な自分が好きだ」「人前で話すことが得意だ」など、吃音があっても前向きに社会生活を営めているかを表す要素です。
この3つの因子は、いずれも高い信頼性が確認されており、単に「自己受容が高い・低い」という一元的なものではなく、複数の側面から捉える必要があることを示しています。
自己受容が高い人・低い人で何が違うのか
成人吃音者86名を対象にした調査では、セルフスティグマ、自己受容、QOLの関係を統計的に検討しました。その結果、セルフスティグマの高さが自己受容の低さを介して、QOLの中でも特に「精神的な健康度」の低下と関連していることが確認されました。つまり、セルフスティグマがそのまま心の健康を損なうのではなく、「自己受容の低さ」を経由して影響していると考えられます。
さらに、セルフスティグマの強さは、吃音についての正しい知識や、当事者同士のセルフヘルプ・グループ(SHG)への参加経験によって和らげられることもわかりました。SHGへの参加は、精神的健康度だけでなく、「役割・社会的健康度」にも直接的な良い影響を示しています。同じ困難を抱える仲間と出会うことが、自己受容を支える重要な土台になっているといえます。
自己受容を促す関わり方——家族・職場・支援者ができること
吃音者の自己受容に関する国内外の研究をまとめて分析したところ、自己受容に良い影響を与える要因として、次のようなものが挙げられました。
- 成人期以前 家族からの受容、家庭内の良好な人間関係、親の肯定的な態度、「吃音を肯定的にとらえる考え方」との出会い
- 成人期以降 セルフスティグマの低さ、セルフヘルプ・グループでの活動、適切な対処法を身につけていること、レジリエンス(心理的な回復力)の高さ、自身のコミュニケーション能力を肯定的にとらえられていること
- 反対に いじめを受けた経験は、自己受容にマイナスの影響を与えることが示されています
これらの知見が示しているのは、自己受容は本人の性格や心構えだけの問題ではなく、周囲の関わり方や環境によって育まれる部分が大きいということです。家族が吃音をありのままに受け止めること、学校や職場でいじめや差別が起きない環境をつくること、そして当事者同士がつながる場を持つこと。これらはいずれも、自己受容を支える具体的な手立てになります。
おわりに
吃音の支援というと、話し方の改善そのものに目が向きがちですが、研究が示しているのは、当事者が「吃音のある自分」とどう向き合えるかという心理的な側面が、生活の質に大きく関わるという事実です。自己受容は一朝一夕に得られるものではありませんが、家族や職場、支援者の関わり方次第で、着実に育てていくことができます。
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本コラムで紹介した研究の詳細は、論文・学会発表ページに掲載しています。